STORY
自分を信じることで夢は始まる。
The dream begins with believing in yourself.
高校デビューの素人が、16年の国家公務員を経て、37歳で世界の舞台へ。
小さな島の物語1分35秒
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高校

完全な素人から
高校から、本気でバスケに打ち込むため、興南高校に入学。完全な素人だったので、シュートフォームを完成させるところから始める。ほとんどベンチにも入れず、応援団メンバーだった。
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2000

内閣府(当時は総理府)に就職
国家公務員に採用。総理府(現 内閣府)の沖縄総合事務局に採用され、霞が関、関東地方整備局など関東を8年間経験、16年間公務員として沖縄の振興に従事する。
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2004

フリースタイルとの出会い
競技バスケのドリブル練習をボール2つでやり始め、自分でオリジナルの技を作って遊んでいた。それがフリースタイルバスケットボールだったことを知る。
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2007

全日本大会優勝
日本一獲得。2005年の日本一決定戦ベスト4に続き、日本大会に出場、関東大会を優勝し、全日本大会も優勝、日本一の称号を獲得する。
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2015
父の死
がんで入院して、わずか3か月だった。「人は、こんなに簡単に死ぬんだ」。今やりたいことをやらないと後悔する、と決めた。
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2016

公務員を退職
16年勤めた国家公務員を退職。沖縄の表現者を舞台へ押し上げる団体、琉球パフォーマーズコネクションを立ち上げる(2018年に株式会社化)。
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2019

ラスベガスで優勝
北米最大級のサーカスフェス VIVAFEST 2019 のグランドアクトソロ部門で、日本人初の優勝。数百名の出場者の中から、シルク・ドゥ・ソレイユのオーディションに招待された3組のうちの1組に選ばれる。
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2019

シルク・ドゥ・ソレイユに合格
オーディションの会場はラスベガス。アジア人はただ一人、ほかは全員アクロバットのパフォーマーで、フリースタイルバスケットボールはJJだけ。2日間のオーディションを生き残り、フリースタイルバスケットボールで日本人初の合格者となる。当時、フリースタイルバスケットボールの合格者は世界で2人目だった。
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2020

ギネス世界記録への挑戦
コロナで、世界のエンタメが止まった。「こんな状況だからこそ、エンタメが必要だ」。ギネス世界記録への挑戦を始める。
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2024

通算8回目の記録
高さ10.44mのポールの上でボールを回す記録で、ギネス世界記録は通算8回に(認定は2025年1月)。同じ年に椎間板ヘルニアで歩けない日々も経験し、体を鍛え直して舞台に戻った。
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2024

スペイン版ゴッドタレントで4イエス
世界的オーディション番組、ゴッドタレントのスペイン版に出演(2024年9月放送)。審査員満場一致の4イエスを獲得。準決勝には進めなかったが、世界でも有数の辛口審査員として知られるリスト氏からもイエスを得た。
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2025

大阪・関西万博へ
大阪・関西万博の「にっぽんの宝物祭り」に出演。高校から始めたバスケットボールが、世界から人が集まる万博の舞台につながった。
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NEXT

次は、通算10回。
目標はギネス世界記録の通算10回と、アメリカのゴッドタレント。持っている記録より、今と次の挑戦を語りたい。
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この話を、あなたの学校や会場で。
講演・特別授業では、この道のりを、パフォーマンスとトークでお届けします。




